赤絵とは

実際に江戸時代に描かれた赤絵を見てみましょう。
赤絵は疱瘡除け(ほうそうよけ)に使われたので「疱瘡絵(ほうそうえ)」また「赤刷り絵(あかずりえ)」とも呼ばれました。
今回、文政8年(1825)の創業の紅屋「伊勢半本店」が運営される、紅づくりの技と、化粧の歴史・文化を伝える「紅ミュージム」から2枚の赤絵をお借りしました。何れも嘉永年間、幕末のものです。
1枚目は、中国で鬼を退治したという伝説の英雄「鍾馗(しょうき)」が描かれています。鍾馗は日本では「鍾馗さん」とも呼ばれ端午の節句、京都の古い町家の瓦に魔除けのために置かれたりします。典型的な赤絵のモデルです。

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「疱瘡絵 鍾馗」一登斎芳綱画 嘉永頃(1848-54) 紅ミュージアム蔵

2枚目は、「犬張子と操り人形」です・赤絵には、達磨や犬張子、ミミズクなどの子供の玩具や唐子(からこ)など、子どもが元気に遊びに興じる姿を描いたものもあり、子供の健康を祈りました。

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「疱瘡絵 犬張子と操り人形」一登斎芳綱画 嘉永頃(1848-54) 紅ミュージアム蔵 何れも (c)Ryoichi Toyama

疫病退散を願ったのは「赤絵」だけではありませんでした。今回、宝さがしの舞台の一つである大阪くらしの今昔館を覗いてみましょう。
古来日本では、疱瘡(ほうそう)をもたらす疱瘡神が赤を嫌うと信じられていました。「疱瘡心得草(ほうそうこころえくさ)」(1798年刊)という書物には「疱瘡神祭る図」が載せられています。神棚には真っ赤な猩々(しょうじょう)像、赤い達磨(だるま)、赤い御幣(ごへい)、赤い小豆を飾っています。子どもは赤い布団の上で赤い着物を身に着け、手に赤い風車を持ち、枕元には赤いデンデン太鼓を置いています。
大阪くらしの今昔館では、疱瘡神の棚を再現しました。神棚の前には疫病退散にもちなんだ郷土人形を集めています、会津の「赤べこ」、三春の「めで鯛」、甲州の「信玄だるま」、土佐の「起き上がり」、越後の「三角だるま」などです。日本全国の郷土人形に赤色のものが多いのは、子どもを疫病から守る意図がこめられているからでしょう。
※天井改修工事のため「疫病退散コーナー」の展示は見られません。